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映画「怪物」感想 ~長年の「私の地雷」研究テーマに対する答えを添えて~

映画「怪物」を見てきました。

前情報はほとんど何も入れていなかったのですが、作品の醸し出す雰囲気にちょっと重さを感じてしまったのと、子どもが出てくる(子どもが出てくる映画は基本的に子どもが傷つくことが多い。なぜならそれが人の感情を簡単に揺さぶるから。そして私はそれがとても苦手)ので覚悟決めた上で心づもりして見るぞ、と思っていたのです。

以下、ネタバレありの感想です。まとまりのない感じになってしまいましたが何でも読みたいって方はどうぞ。

 

・「どうすればいいんだろう」と、約二時間ずっと思っていた

この映画は三部構成になっていて、一部は安藤サクラさん演じる母親の視点、二部は永山瑛太さん演じる小学校の先生の視点、三部は子どもたちの視点になっています。一部を見たときに描かれている生活や立ち振る舞いがリアルだと思ったし、簡単に共感してしまった。ブラッシュアップライフでは三十代の独身女性の人生を生きていた安藤サクラが、完全に小学生男子の母親だった…。(ちなみに野呂佳代が出てきた時、ブラッシュアップライフファンのみなさんはニタァってなったと思う)たぶんあの描き方は一種の共感装置だったのかもしれない。学校に来る時の服装がちょっとずつフォーマルになっていく様とか、本腰を入れる感がすごい伝わったし。その上で、もし自分の子が思春期の入り口にいて、ああいう事象じゃなくても精神の揺らぎがあるときにどういう声を掛けたらいいんだろう、何を言ってあげられるんだろう、ってずっと考えてました。そしてその結論はまだ出ていなくて、これから出るかもわかんないな……ってなっちゃった。

 

・「怪物」はどこにもいない

「怪物だーれだ」っていうセンセーショナルなキャッチコピーだし、終わった後に、「えっあれってつまり…死んだの?」って言っていた若い女の子がいたように、何が悪で何が善なのかはっきりさせることが多くて、明確な答えを求めがちなエンターテイメントの中でものすごく問題提起的な作品だったなぁと思う。思わず見終わった後にパンフレットを買ったんですけど、坂元先生も「物語性を希薄にした」とインタビューで答えていた通り、あれにはたぶん答えはないんだと思う。ただ出てくる人間がリアルな人間で、みんなちょっと余裕がなくて少しずつ加害しあってるというのがなんとも凄かった。三部構成の中でそれぞれの登場人物が全然違って見えるように、人間って多面的だよなぁって。一貫してないよなぁ、ってぼんやり思いました。ただ永山瑛太氏の先生はちょっとバカすぎない!?タイミングが全部間違ってるよ!?ってなりました。肩の力を抜くためにあのタイミングで飴を食うのマジで笑っちゃった。あと校長の孫の写真の角度を調整するシーンはゾワッとした。この映画の田中裕子さん、得体の知れない怖さがあったし救いでもあった…(後述します) 

ちなみにわたしはあのラストシーンはメタ的な見方をしてしまったのですが、トンネルを通って廃車した電車の中に籠るってモチーフ(しかもそこには水辺がある) が子宮、そこからずるっと下に抜け出してまた水辺を通って廃線のほうに行くって生まれ変わるメタファーだなぁと。ずっとモチーフ的に付き纏っている線路は(少年2人ということもあり)「スタンドバイミー」を思い出していたのですが、早稲田大学の岡室さんがパンフレットで「小さな恋のメロディ」に言及されていて、そっちか〜!って手を叩きました。余談ですが、私は2017年に是枝監督×坂元先生の早稲田大学でのトークショーに足を運んでいて、その件についても書かれていたのでなんか巡り巡って返って来た感があってちょっと嬉しかったです。(ここで初めてお会いしたフォロワーさんもたくさんいらっしゃるので…!)

 

・マジョリティの持つ暴力性について

https://twitter.com/hifuu123/status/1668245235242242049?s=46&t=7z74OsB__knqRtxibT2Ykg

この映画を見終わった後に思い出したのが、この前書いたばっかりの永遠の研究テーマである「エンタメにおける『妊娠出産子育て』がなぜ自分にとって地雷なのか」、という話でした。(ふせったーは私のアカウント名がパスワードになっています。きしょすぎるから覚悟して読んでください)

ここで私はマジョリティの暴力性についてサラッと書いたのですが、(あまり深掘りしたくなかったというのもあるんだけど) それについての答えみたいなのをこの映画にもらえた気がしています。田中裕子さん演じる校長が言った「しょうもない、誰かにしか手に入らないものは幸せって言わない、誰にでも手に入るものが幸せっていうの」という台詞は、ある意味私がずっと考えていた「マジョリティ=暴力性を孕んでいる」にみなされる理由の一つなのかもなって。

ただこの映画を見ていてマジョリティってなんなんだろう、誰が形作るんだろうなっていう新しい疑問が浮かんでしまい……。例えばこの映画でいうと安藤サクラは母子家庭の中でなんとか「普通」であろうともがいていたし(そしてそれは中村獅童演じる依里くんの父親も同じと言える) 、湊の父親がラガーマンで馬が好きだったというエピソードはすごい男性性を感じたので、きっと環境がいつのまにかそれを形どって後に伝えていくんだよな、って。クラスのいじめっ子たちも多分家でそういう考え方が「普通」だからああいう発言を学校でもするんだろうし……。

この作品が問題提起してくれている姿勢って本当は教育(という言葉はあんまり良くないかもしれない)という意味で、もっと届けないといけない層が沢山あるんだろうなと思いました。でも映画って割とコストもかかるので選ばれた層にしかアタックできないんだろうな。本当は映画に2,000円払うの高、って思うような、そういう層とか子どもにも届くといいんだろうな。

白線からはみ出したら地獄ね。こういうちょっとしたジョークが巡り巡っていつのまにか誰かを傷つけていて、はみ出したら地獄っていうルールになっている理由ってなんなんだろうって考える暇もなく私たちは生活を回さないといけない。傷ついた時にナマケモノのように全部の体の力を抜いて何も無かったことにするのが本当に正しいのかどうか。そこへの思考のストレッチをくれたという点で良い映画だったな、と思います。

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映画が終わった後即購入したパンフレット。最近同人誌を買い漁っていることもあり、サイズ感的にもど、同人誌か…?って最低の感想を抱いてしまった。