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鮮やかないろいろ エンタメ感想が主

魚の小骨が刺さっている話


去年の秋、リホは誰にも何も言わず、結婚した。

インスタグラムのストーリーズにはハワイ挙式の様子がアップされていて、リホの整った容姿に完璧なドレス、完璧なロケーション、そして傍にいたのは背が高くて爽やかな青年だった。ゼクシィに載っているような美男美女の華やかな式には、誰1人私たち友人は招かれなかった。

 


地方の私立大学のゼミで知り合ったのがリホだった。学科の殆どが女の子の中でも一際目立っていたのがリホは、派手ではないが、色白で整った目鼻立ちと、上品な服装を身にまとっていた。一度、ゼミのメンバーの似顔絵を書いてほしいと言われたとき、リホは美人すぎるから特徴がないんだよね、とぼんやり思ったことを今でも覚えている。成績はトップクラスで、客室乗務員を目指している、と言っていた。控えめで、誰にでも優しくて、自分の容姿に驕ることもないリホのことをみんな好きだったし、リホは間違いなくみんなのアイドルだった。

そんなリホと一番仲良くしていたのは同じゼミのショーコだった。すらっと背が高くてバスケをしていて、リーダーシップがある。ショートカットがよく似合う美人で、授業に出ないこともしばしばだが、さっぱりとした性格と統率力で周りからは好かれていた。ショーコとはよく飲んだ。それこそ大学生御用達の290円均一の居酒屋に何回も足を運んだし、終電までカラオケしたり騒いだり、所謂大学生らしい大学生として過ごすことが多かった。

リホとショーコ。真逆のような2人に見えて、いつも一緒に過ごしていた。ショーコが予習を忘れた日にはリホがノートを見せてあげていたし、たまに寝坊して学校に来るショーコの朝ごはんのためにお弁当を作っていた。リホはいいお嫁さんになるねえ、といいながら、ショーコはよくリホの頭を撫でていた。

就職も決まり、卒業も近づいたある冬の日、夜行バスに乗ってディズニーランドでも行こうよ、とショーコは言った。リホとショーコはディズニーが好きで、よく2人で遊びに行っている。じゃあリホも誘って、3人で行こうよ、ガイドしてよ、とわたしが提案すると、いいよ、とショーコは快諾した。

よく考えてみると、リホとショーコとバラバラに遊んだり、授業に出席することはあっても、3人一緒に過ごすのは初めてだな、とぼんやり思った。初日にランドに行って、二日目は確かシーに行くことになっていた。わたしたちみたいな学生が掃いて捨てるほど集まる時期だったので、宿泊はツインしか空いてけどどうする?と言うと、あ、わたしショーコと同じベッドで寝るから大丈夫だよ、とリホは言った。狭くない?わたしだけ得しちゃっていいの?と何回も聞いたけれど、結局ショーコとリホはわたしにベッドを譲ってくれた。2人のマニアックな解説で遊ぶディズニーランドはとても楽しかった。お土産物屋さんで、見て、これリホに似合いそう、とショーコが見せてくれたストラップは、淡いピンクのパステルカラーのプリンセスモチーフのもので、たしかにリホにぴったりだ、と思って笑った。リホとショーコはカップルみたいだねえ、お互いのことを一番よく分かってるって感じ。わたしの台詞にショーコは笑った。でもね、ここだけの話、リホって男の人と付き合ったことないんだよ、とショーコは付け足した。学科の数少ない男子、みんなリホのこと好きなのにね、とわたしは笑う。リホって理想が高いのかな、と、真剣な眼差しでお土産をえらぶリホの整った横顔をよく覚えている。

 


春になり、リホは念願の客室乗務員に、ショーコは日本語教師に、そしてわたしは都内の会社勤めになった。社会人になって2,3年のうち、リホとは都内で時々ご飯に行ったり、共通の友人の結婚式で顔を合わせたりしていた。ショーコ、東南アジアに赴任になったけど、ちゃんと生きてるのかな、なんて軽口を叩きながら。

そのうちリホが国際線に乗るようになる頃には、忙しさから会う機会がどんどん減っていった。ある土曜日の朝、珍しくリホから着信があったので出ると、リホは唐突に質問をぶつけてきた。ねえ、子どもって欲しいって思う?と。そうだね、いればいいけど今すぐはいらないかな、ほら、将来のこととか親のことを考えると、やっぱいたほうがいいよね、なんて曖昧な返事をすると、スマートフォンの向こうでリホが笑った。そうだよね、最近甥っ子が生まれてさ、親がメロメロなんだよね。そういえばインスタに可愛い子どもとのツーショットを載せていたっけ。そういえばさ、と他愛のない話をして通話を切った。

 


ショーコが一時帰国するからみんなで集まろう、となったのは次の年の夏頃で、せっかくだしゼミの教授も呼ぼうよ、と声をかけた。ほとんどが女の子で構成されていたゼミだったけど、教授は40代の男性で、やれ付き合っただの別れただの、年頃の女の子たちの恋愛相談にも乗ってくれるいい先生だった。もちろんリホにも声をかけたけれど、仕事の都合で、と言って断られた。
日本の居酒屋、やっぱ最高だわ、と、ショーコは海外の色んな土産話をした。みんながある程度アルコールが回った頃、教授はショーコの目を真っ直ぐに見て、言った。リホのことは、もういいのか。わたしは言葉の意味が全くわからなくて、でも茶化すような勇気もなくて、ただ黙って座っていた。先生はなんでもお見通しですね、とショーコは微笑んだ。少し日に焼けた高い鼻に皺が寄る。リホは生真面目で、控えめで、自分とは真逆のタイプで、絶対に仲良くなれないと思ったんですけど、誰よりもわたしそのものに寄り添ってくれるのは彼女だったんですよね、とショーコの独白が続いた。先生、リホが幸せなら、それでいいんですよ。ショーコは少し泣いていた。わたしはただ黙って、ジョッキグラスの汗が流れる様を見つめていた。

 


卒業してからショーコとリホの間に何があったのか、わたしは何も知らない。なんで言ってくれなかったの、とも言えなかったし、結局一時帰国したショーコとはそれっきりで、リホとも随分会っていない。繋がっているSNSで近況を知るだけの関係だけれど、ショーコはどうやら新しいパートナーと楽しく暮らしているみたいだし、リホはハワイでひっそりと挙式していた。次の年のお正月には、前撮りしたのか、淡いピンクのパステルカラーのドレスを着たリホが映った年賀状が送られてきて、わたしは無知で何も知らず、簡単に人を傷つけていた若い冬のことをすこしだけ思い出すのだった。